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名古屋高等裁判所金沢支部 平成2年(ネ)150号 判決

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

1. 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録一記載の土地につき、富山地方法務局滑川出張所昭和三七年一月二五日受付第二二九号所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

2. 控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録二記載の土地につき、昭和三二年九月三〇日売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

3. 被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、本件土地一につき、富山地方法務局滑川出張所昭和三七年一月二五日受付第二二九号所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。

(三)  被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(四)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2. 被控訴人

控訴棄却

二、当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、原判決四枚目表五、六行目「別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地一」という。)」を「本件土地一」、同裏八行目「本件土地二」を「別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地二」という。)」、同五枚目裏二行目「所有権移転登記手続をする。」を「所有権移転登記手続をし、」、同四行目「被告」を「原告」と各改め、同九行目末尾の次に「原告は本件土地一を占有している。」を加え、同裏五行目「二、三、四」を「(二)、(三)、(四)」と改め、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1. 控訴人の主張

(一)  新村甚吾と被控訴人間の本件土地一、二についての契約(以下「本件契約」という。)は、昭和三二年一二月二四日、農地法五条の県知事の許可を停止条件とする売買の予約にすぎない。そして、現在まで、右売買予約の完結の意思表示がないし、新村甚吾や控訴人は、本件契約の売買代金を受け取っていない。

(二)  右停止条件付売買予約の予約完結権及び農地法五条許可の申請協力請求権は、本件契約より既に一〇年以上経過したことにより、時効により消滅している。控訴人は、本訴により右時効を援用する。

被控訴人は、本件土地一、二につき、昭和四五年一〇月一日施行の農地法五条の改正により、同条の県知事の許可が不要になった旨主張するが、少なくとも本件土地一は、公用または公共施設の敷地として利用されておらず、やはり右許可が必要である。仮に、右許可が必要でなくなった場合でも、停止条件付売買予約の予約完結権は、右完結権の行使が可能になった昭和四五年一〇月一日から一〇年の経過によって時効により消滅している。

また、本件土地一は、学校用地として売買予約がなされたのであるが、現実に学校用地として利用されることなく三〇年以上が経過している。このように、買収目的が公共用地であっても現実に公共用地として利用されなかった場合は、農地法五条の許可が必要である。

(三)  仮に、本件契約が売買の予約でなく売買契約であるとしても、

(1)  本件土地一、二は、学校用地(公共目的)に使用するためのもので、新村甚吾は右目的に使用されるということで承諾したものであり、被控訴人も右動機を十分に知っていたものであるところ、本件土地一、二が実際には公共目的に使用されていないから、本件契約は、要素の錯誤により無効である。

(2)  本件土地一、二の売買目的は、学校用地に使用することであり、それが契約の重要な要素になっていたにもかかわらず、被控訴人は、本件土地一、二を長期間にわたって学校用地(公共目的)に使用しなかったのであるから、控訴人は、右債務不履行を理由に本件契約を解除する。

(3)  本件契約は、学校用地に使用しなくなった場合に当然解除されることになる解除条件付の契約であり、本件契約の日から一〇年の経過により右解除条件が成就したものとみなされるべきである。

2. 被控訴人の主張

(一)  本件契約は、売買契約で、売買代金も既に支払済である。被控訴人は、本件契約当時、本件土地一、二以外にも学校用地として土地を購入したが、当面直ちに使用するものだけ引渡及び所有権移転登記を受け、そうでないものは、使用の必要が生じるまでは売主に使用させておき、その権利保全のために仮登記をしていたものである。

(二)  本件契約は、売買契約であり、売買の予約に基づく控訴人主張の時効の主張は理由がない。また、本件契約に県知事の許可という停止条件が付されていたとしても、昭和四五年一〇月一日施行の農地法改正により、市が公共目的に使用する場合、県知事の許可が必要でなくなったのであり、本件土地一、二もそのような場合であり、同日、同条件は成就しており、被控訴人は、本件土地一、二の所有権を完全に取得した。したがって、もはや、農地法五条許可の申請協力請求権の時効消滅を主張できない。

(三)  控訴人主張(三)の事実はすべて争う。

三、証拠〈略〉

理由

一、当裁判所は控訴人の本件土地一についての仮登記抹消手続請求は理由があり、被控訴人の本訴請求中、本件土地二についての所有権移転登記手続請求は理由があるが、被控訴人の本件土地一についての所有権移転登記手続並びに明渡し請求は理由がないと判断する。

二、本件土地一及び二が被控訴人によって買収されたことは、原判決六枚目表六行目から九枚目表四行目までの理由記載と同一である(但し、原判決七枚目裏末行「六月一九日」を「六月五日」と改め、八枚目表三行目「同番二三〇〇・八二平方メートル」を「同番二の三〇〇・八二平方メートル」と改め、同裏三、四行を削る。)から、ここにこれを引用する。

三、控訴人は、本件買収は、停止条件の点は別としても、売買ではなく、売買の予約で、これまで右予約の完結の意思表示はない、売買代金も支払われていない旨主張する。

しかし、被控訴人が新村甚吾との間で、本件土地一、二につき売買契約を締結し、分割で売買代金を支払い終わったが、さしあたって使用する必要がなかったため、買い受け後も同人にそのまま使用を許し、必要とするときに明渡及び所有権移転登記手続きをすることにしたものであることは前認定(原判決理由引用)のとおりである。当審証人柴田勝則の証言を加味しても右認定を左右するに足りない。

乙五、一〇、一三記載の各面積・代金と乙一五のそれとが若干相違するけれども、原審証人新夕正隆の証言によれば、最終的に、乙一五記載の面積・金額で確定したもので、右相違から、売買契約ないしは代金支払の事実に疑を抱くべきであるとはいえず、その他新村栄や臼井徳次の土地買収例(同人らの原審証言)にも類似するのであって、控訴人の、売買契約はなく、予約であるとする主張は理由がない。

四、控訴人は、農地法五条の許可を停止条件とする契約であったが、いまだに許可がない、また右許可の申請協力請求権は、本件契約より既に一〇年以上経過し、時効により消滅している旨主張し、これに対し、被控訴人は、農地法令の改正により、本件契約は許可を要しないものになったと主張する。

そして、本件契約当時の農地法令によると、被控訴人市が本件契約によって本件農地を取得するには、県知事の許可が必要であったが、農地法が一部改正(昭和四五年法律第五六号)され、これは昭和四五年一〇月一日から施行され、これにともない関係法令も改正された。改正農地法施行規則七条六項によると、許可を要しないとされる法第五条一項四号の「省令で定める場合」として、市町村が設置する道路、河川等のほか、「その他の施設で土地収用法第三条各号に掲げるものの敷地に供するため」の所有権取得が追加された。そして、土地収用法三条二一号には、、学校教育法第一条に規定する学校」が規定されているから、右学校の敷地等に供するための市町村の農地所有権取得には、県知事の許可は不要となったわけである。

そこで、本件が右許可を要しない場合であったかどうかにつき判断するに、乙一ないし四、五四、原審証人新夕正隆、同臼井徳次、同新村栄、原・当審証人柴田勝則の各証言、弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人は、当初滑川中学校の敷地に使用するための土地買収をしたが、間もなく、右買収敷地と道路との間にある未買収の農地も残地買収することになったこと、その趣旨は、右残地が学校敷地に隣接し、かつ道路沿いにある関係上、残地の形態をなしていたうえ、所有者から、残地買収の申出があったのと、市としても、将来、公共事業を行う場合に土地提供者が代替地を要求したときの代替地として確保する必要があったこと、更には、将来、滑川中学校のために(例えば、敷地を拡張し、プールとか車庫用地に)使用するということもありうる、そのほか、残地が学校に近いということで、環境悪化から守る意味でも買収しておく利益はあるとの理由から、残地買収をすることになったこと、そこで、被控訴人は新村甚吾から残地に当たる本件土地一、二を買受け、代金も支払ったが、さしあたって引渡を受ける必要はなかったため、そのまま新村甚吾に使用させていたこと、その後、被控訴人は、本件土地二を学校給食共同調理場として使用する必要が生じたので、新村甚吾から買主への履行として、引き渡してもらって、昭和四二年四月ころから造成をし、その上に同建物を建て、昭和四三年四月より使用していること、しかし、本件土地一はそのまま新村甚吾に耕作を続けさせ、昭和三二年度は勿論翌三三年度以降も同人に対し同土地の固定資産税を課していたこと、しかし、昭和四六年五月二四日新村甚吾が死亡し、控訴人が相続し、引き続き同様の状態が続いていたが、昭和六二年四月に控訴人が被控訴人に対し、本件土地一に仮登記の抹消を求めたところ、被控訴人は急遽、同年五月ころより、本件土地一を、滑川中学校のインテリジェントスクール計画に伴う拡張のための敷地とする計画を考えるに至ったことが認められ、原審及び当審証人柴田勝則の証言中、右認定に反する部分は採用できない。

右認定事実によると、被控訴人は、本件土地一、二を、将来のもろもろの公共目的のために買収したこと、従って契約時点では目的は不特定であったこと、そのためその目的の中には学校用地も含まれていたともいえるが、買収当時は具体的には確定していなかったことが明らかである。

そして、昭和四二年四月に至って本件土地二について、同土地の使用目的を市の学校給食共同調理場敷地とすることに確定し、本件土地一については、昭和六二年四月の紛争発生に至って使用目的を学校敷地とすることにしたというべきである。

すると、本件売買契約は、前記農地法令改正前は、県知事の許可を要するものであったが、改正後の農地法令の規定によると、本件契約は、一応許可を要しないものに該当することが明らかである。

そして、農地法令改正前後を通じ、抽象的に公共の用に供するという趣旨において契約目的は一貫し、同一性を保って存続している場合において、具体的に使用目的が確定し、それが許可を要しない場合に該当するに至ったときは、同改正法令の施行によって、同契約は、許可を要しない無条件の契約に転換すると解するのが相当である。

すると、本件土地二については、改正前の昭和四二年四月に、すでに具体的に使用目的が確定し、それは改正法令にいう許可を要しない場合に該当するに至っていたから、同契約は、同改正法令の施行によって、直ちに、許可を要しない無条件の契約に転換したと解するのが相当である。

しかし、本件土地一については、同改正法令の施行時点でも、具体的に使用目的が確定しておらず、抽象的な公共目的にとどまっていたに過ぎないから、その時点ではまだ、改正法令にいう許可を要しない場合(制限列挙)に該当するに至っていたとはいえず、同改正法令の施行によって、直ちに、許可を要しない無条件の契約に転換したと解することはできない。同契約については、せいぜい具体的使用目的が確定した昭和六二年五月に、許可を要しない契約に転換する可能性しかないものである。

五、控訴人は、許可を要しない契約に転換される以前に、被控訴人の許可申請協力請求権は時効消滅したと主張するのに対し、被控訴人は許可を要しない契約に転換されてしまった後においては、もはや許可申請協力請求権の消滅時効を問題にしたり、援用する余地はないと主張する。

そして、農地売買契約における買主の許可申請協力請求権は、契約日を起算点とし、一〇年の消滅時効にかかると解されるところ、本件契約日は、昭和三二年九月三〇日であるから、一〇年後の昭和四二年九月三〇日の経過で、許可申請協力請求権は時効により消滅した。(仮に、控訴人が昭和三七年一月二五日に本件土地一について、被控訴人のための仮登記に応じていることを承認とみれば、それより一〇年後の昭和四七年一月二五日の経過で、本件土地一の許可申請協力請求権は時効により消滅する。)本件土地一については、その時点ではまだ許可を要しない契約に転換していなかったことは前記のとおりである。

被控訴人は、本件契約には、買主において現実に土地が必要となったときに許可申請をするとの停止条件(特約)が付せられていたから、許可申請協力請求権の時効期間は、右条件が成就した時点から起算すべきであると主張する。

そして、原審証人新夕正隆の証言によると、被控訴人が本件土地一、二を買い受けた当時は、まだ使用目的が定まらず、買主である被控訴人において、許可申請をしようにもできない状態であったため、そのときは許可申請はせず、将来被控訴人において現実に必要となったときに許可申請をし、許可があれば登記するとの話があったことが認められる。

しかし、将来被控訴人において現実に必要になったときというのが、あまりにもあいまいであり、その必要性が被控訴人の一存で決まるとすれば、これをもって停止条件というのは相当でない。即ち本件土地売買契約においては、許可申請の時期に関し、被控訴人主張のごとき停止条件が付されていたとは認めがたく、その点については、期限の定めがなかったと認めるのが相当である。

そうすれば、許可申請協力請求権の時効期間は、契約成立日から起算すべきであり、被控訴人の主張は採用できない。

すると、本件土地一、二とも、昭和四二年九月三〇日(或いは本件土地一につき昭和四七年一月二五日)の経過で、許可申請協力請求権は時効により消滅したというべきである。

その後、農地法令が改正されているが、改正によって、許可を要しない状態になったからといって、一旦許可の申請協力請求権が時効により消滅し、所有権の取得しえないことに確定した契約が、法令の改正といった当事者の意思に基づかない理由で有効に転換すると解するのは相当でなく、その間なんら履行請求もなく、許可申請協力請求権は時効消滅したと安心していた債務者である新村甚吾や控訴人の信頼も考慮すべきである。

六、被控訴人は、控訴人の許可申請協力請求権の消滅時効援用は信義則に反すると主張する。

本件土地一については、前記認定の如く、被控訴人において昭和三二年九月三〇日に契約したまま、具体的使用目的を確定させず、且つ売主の占有のまま引渡を受けず、以来本件紛争に至るまで三九年余を経過したことが明らかであるから、控訴人が本訴において、許可申請協力請求権の消滅時効を援用することは信義則に反しない。

しかし、本件土地二については、前記認定の如く、被控訴人は昭和三二年九月三〇日に契約後、昭和四二年四月ころには、売主から引渡を受け、学校給食共同調理場用地として使用を開始し、以来本件紛争に至るまで二〇年を経過したことが明らかであるから、控訴人が本訴において、許可申請協力請求権の消滅時効を援用することは信義則に反すると認められる。

したがって、控訴人の右主張は、本件土地一については理由がなく、本件土地二については理由がある。

七、控訴人は、本件土地二の契約につき、要素の錯誤により無効であるとか、債務不履行により本件契約を解除するとか、本件契約の解除条件が成就したとか主張する。

しかし、本件土地二が実際に公共目的に使用されていることは前記認定のとおりであるから要素の錯誤にあたらないことは明白である。また、本件契約の際、短期間のうちに本件土地二を学校用地として使用するとの特約があったことを認めることができないから、前記認定の遅れの程度では被控訴人に債務不履行があるとはいえない。さらに、本件契約が学校用地に使用しなくなった場合に当然に解除されるとの解除条件付であったことを認めるに足る証拠もない。

したがって、控訴人の右各主張は理由がない。

八、控訴人は、被控訴人の本件土地二についての請求が信義則違反である旨主張する。

控訴人らが本件土地二の固定資産税を負担していたことがあるが、固定資産税は、原則として公薄上に所有者として登記されている者に対し賦課徴収されることになっており(地方税法三四三条一、二項)、被控訴人が本件土地二の実質的所有権の帰属を承認して控訴人らに対し同税を賦課したとまでは認め難い。なお甲五によると、被控訴人は本件土地二に固定資産税を昭和五七年度から地方税法三四八条二項一号に基づき非課税扱いにしていることが認められる。

したがって、被控訴人の本訴請求が信義則に反するとの控訴人の右主張も理由がない。

九、よって、原判決は、本件土地一については相当でなく、本件土地二については相当であるから、これを変更することとし、主文のとおり判決する。

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